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 道路に面して格子(こうし)が並ぶ古い町並みは、日本の風土に溶け合った情緒を感じさせ、文学的ですらあります。格子は風をさえぎらずに内外を遮断する日本特有の工夫なのです。しかも、道路側から室内が見えず、中からは外がよく見えます。
鞆の町並みでは、格子を少し道路側へ突き出した、出格子(でごうし)をよく見かけます。しかも、その出格子を束(つか)で下から支えるのではなく、下側全面を御影石の一枚板で支えているのです。
道路に面した基礎に大きな化粧石を用いたり、重厚な本瓦葺(ほんがわらぶき)の屋根の道路側を長くしたりして、家屋を大きく豪勢に見せています。
今、その町並みにおひな様がたくさん飾られています。江戸末期や明治時代のものも多く、本物の旧家が本物のおひな様を100年のほこりを払って、一般に公開しているのです。
見る人のそれぞれの時代の思い出につながるおひな様も並んでいます。昭和初期生まれの人にはその時代のおひな様が、娘や孫に祝ってあげた人にはその頃のひな飾りが、それぞれ懐かしく思い出を呼び起こしてくれるでしょう。

 大人気の「鞆・町並ひな祭」も、まだ今年で3回目です。でも、鞆の浦歴史民俗資料館で開かれている企画展「雛祭展」は16年目なのです。資料館は通常、地味だから大勢が押しかけることはないのですが、「雛祭展」だけは毎年特別です。
しかも展示されているおひな様は毎年ほとんど同じにもかかわらず、たくさんの入館者を集めてきました。それはひな道具が140点もそろう超豪華な七段飾りや、日本一大きい御殿飾りがあるからです。
ところが鞆にはまだまだ多くのおひな様が眠っていたのです。資料館の展示スペースが足りなくなってしまい、そこで町中の一般民家を展示スペースにしてしまおう。幸い鞆には古い町並みがある。ということで「鞆・町並ひな祭」が始まったのです。
旧家に飾られたおひな様は、資料館のガラスの中で見るより、ずっと嬉しそうなお顔に見えます。他所ではあまり見かけないおひな飾りを紹介しましょう。
その一つはお煮事(おにごと)道具といわれるものです。鞆では江戸末期から昭和初期まで、ひな祭に年上の女児が年下の妹たち相手に、煮物やアラレなどの菓子類を調理しておひな様に供え、祝って食べる風習がありました。
これをお煮事といったのですが、ままごとと違い実際に煮炊きをしました。道具も小型ですが実用品を用いました。この道具がたくさん色々と残されています。ひな祭が家事の実習ともなっていたのです。
もう一つは袖(そで)の長い、長い女雛です。袖に唐獅子牡丹や鯉の刺繍がほどこされ、台の下まで届くほど長いのです。
不思議なことにこのような豪華なおひな様は京都でも見られません。 鞆付近、遠くても高松あたりまでの瀬戸内でしか発見されていません。港で栄えた鞆の「見栄の文化」の表れだと思います。
 これは商家がひな祭を利用して、自らの財力を誇示し、信用を得るための商売上の方策であったと考えられるのです。初めに書いた家屋を大きく豪勢に見せるのも、鞆の商家が自らの信用を得るための工夫なのです。
「町並ひな祭」は3月13日(日)まで、資料館の「雛祭展」は27日(日)まで。

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