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鞆の八百屋さんやスーパーではどの店でも、正月三が日が明けると春の七草のセットがパックになって並びます。鞆では七日の朝に七草粥を食べる家庭が多いようです。七草がそろわなければ、大根、水菜、小豆、餅など入れた粥で祝います。 あわただしい世の中にも、季節の移り変わりが大切にされているのです。昔は旧暦ですから、今の2月中旬頃になるので七草も芽生えているでしょうが、今の正月ではどうなのか、八百屋さんに聞いてみました。三次方面のビニールハウスで育てられているのだそうです。
鞆の古刹、安国寺では今年も7、8日の古寺めぐりの行事に併せて、七草粥が振舞われます。粥の椀に並べて、ゴマ豆腐、クワイの姿揚げ、長寿がかなうとされるイワタケなどの精進料理が添えられます。毎年早くから予約が入りキャンセル待ちが続いています。
〈セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ〉これぞ七草 。春の七草は、昔はどこの田畑や野原にでも、いくらでも自生していた野草ばかりです。
セリ 田のあぜなどの湿地に群がって生える。吸物に香味料として用いる。
ナズナ ぺんぺん草とも言う。雑草の代表。
ゴギョウ 母子草(ほうこぐさ)のこと。ひな祭の草餅に用いる。後、ヨモギが代用された。私の祖母はヨモギをホウコと言っていました。似ているが別種。
ハコベラ この地方ではヒ |
ズルと言う。ヒヨコの餌として憶えているかも。
ホトケノザ タビラコ。タンポポに似ている。
スズナとスズシロ カブと大根の野生種。
正月七日にこれら七草を熱い吸物に入れて食べる風習が中国から伝わり、同じ正月の15日の七種粥(ななくさがゆ
= 米、粟、小豆など七種の穀類の粥)の風習と混同されて、七草をいれた粥を七日の朝に食べる風習が宮中で生まれました。七草粥が万病を退け、一年中の邪気を除くということになったのは鎌倉時代からのようです。江戸時代には五節句の一つとして、将軍以下諸大名家で公式行事とされています。
〈君がため春の野に出でて若菜摘むわが衣手に雪は降りつつ〉
百人一首の中の光孝天皇の歌です。平安時代の貴族の間では、意中の人のために若菜を摘んで贈り、無病息災を願って自分の想いを表したようです。冬には野菜が欠乏します。ビタミンCなどの栄養をたっぷり含んだ若菜は、薬草として考えられていました。
ことに雪をかき分けるようにして芽を出す若菜の生命力は驚異のエネルギーであり、超常現象としての霊力をも感じていたようです。その生命力を体内に取り込むことで、新しい年を迎えるパワーを身につけられるとしたのです。
食べ物を考えてみると、穀物はもともと植物が次世代へ自らの命を受け渡すための種です。牛も魚も人間に食べられるために生きているのではありません。 |
私たちは他の動植物の数え切れない多くの生命力を奪い取って、自らの生命を保持しているのです。人間の生命を保つ目的で生成されるのは唯一母乳だけです。生命の重大さを痛感します。 |